不当な税務調査に納税者が対抗するには

私は商店を営業しているものですが、毎年の税金についてはきちんと申告し、きちんと納めています。ところが今年になって、突然税務署の係官が、一番忙しい時間に店にやってきて、調査をしたいので帳簿をみせろ、金庫をみせろとしつこくせめたてました。今は忙しいからあらためて来てくれ、と頼んでも、どうしてもきいてくれません。こんな時でも、税務署の調査に応じなければならないのでしょうか。

 中野民主商工会は昭和二三年、戦後の飢餓と混乱の中で、大衆に課せられた新税「増加所得税」「営業収益税」などの重税から中小業者の営業と生活を守るために生まれた団体です。当時は戦争中の重税政策をそのままうけつがれたかたちのこの天下り方式の大衆課税に対して、中小業者の税務知識はまったくなく、税務署のいいなりになっていたため、自分たちの最低生活すら奪いとられていく生活実態だったのです。このような状態の中で、中野民商は適正な課税を求めるために生まれた団体といえます。その後、同じ目的をもつ民主商工会は全国各地で結成され、全国的な連合体としての全国商工連合会へと発展していきました。
 中野民主商工会は、結成後、一貫して中小業者の生活を守るための税金問題に取り組んできました。真の意味の自主申告制を確立させるべく、会員個人が自己の営業内容を正確に把握し、取引先、銀行関係の資料を整備し、調査には会員同士または事務局員の立会いを求め、その適正を期するために記帳指導、税務知識の相互理解に努める一方、税制の民主的改革を要求し、成果をあげてきました。しかし国税庁は、このような民主商工会の活動を、国の強権的課税権の遂行という税務行政のうえから、放置できないものとして、昭和三八年春ごろ、民主商工会を破壊する企図をもって、その会員に対し徹底的に調査するよう通達を発しました。この通達によって中野では、中野税務署長が、部下の職員に対し、中野民主商工会員に次のような調査を実行させました。「事前通告することなく、二〜三名一組みとなって臨時調査をする。調査を受ける会員以外には中野民商会員および同会事務局員の立会いを拒否したうえで調査をする。中野民商会員数十名について、その取引先および取引銀行に対する反面調査をすること。とくに銀行調査にあたっては同会員のみならずその家族および従業員の預金をも調査する。」
 中野税務署長は、中野民商会員に対し「民商は反税団体である」という趣旨の文書を送付し、また税務署職員の中には、会員に対し民商を脱会すれば税について便宜をはかるとか、民商は共産党のひもつきだから脱会した方がよい等と言って、脱会を態態したのです。税務署のこのような調査や文書の送付によって、中野民商を脱会する会員が続出し、約一ニ〇〇名もいた会員が約六〇〇名にまで半減する事態となりました。中野民商は、中野税務署の行なったこのような調査や文書送付が、民商の結社権と名誉権を侵害する不当、違法な行為であるとして、中野税務署長と国を被告にして、損害賠償および謝罪広告請求の提起にふみきったのです。
 東京地方裁判所は、昭和四三年一月三日、中野民商の言い分をほとんど認め、損害賠償を命じた判決を言い渡しました。これには仮執行宣言がついていたので、民商側はただちに法務省の財産を差押え「法務省に封印ペタペタ」「裁かれた税務署」と話題になりました。この判決の中から質問検査権に関する判断の要旨を紹介しておきましょう。
 「納税者は所得税法および法人税法所定の要件のもとに、税務職員の質問検査に対しこれに応諾する義務を負うものであるから、或る程度の営業活動および私生活の平穏を事実上妨げられることがあることはいうまでもない。しかしながら質問検査権の行使が、いやしくも納税者の営業活動を停滞させ、得意先や銀行等の信用を失墜せしめ、その他私生活の平穏を著しく害するような態様においてなされたとすれば、それは、もはや、任意調査としての限界を超えるものであるといわなければならない。」
 「質問検査権の行使は、納税者の営業活動あるいは私生活の平穏に多少とも影響を及ぼすものであるから、税務署職員としては事前に通知をしたうえで調査におもむくのが望ましい。調査の延期の申出自体は調査拒否ではない。」
 「中野民商会員らの調査の立会について、調査を受けるものの同意がある限り、立会自体は何ら違法ではない。」

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税法上、税務調査といわれるものには、税務署が更正決定、賦課決定などの課税処分をするか否か判断するための調査、滞納処分手続を遂行するための調査、犯則事件の内容を確認するための調査があります。また税務調査は、実力行使の手段が許されているか否かによって強制調査と任意調査の区別があります。ここで問題とされるのはこのうち最初の調査ですが、この調査についても、いわゆる税法上の規定にもとづいて行なわれるものと、そうでないもの、すなわち行政指導的な純粋の任意調査とがあります。
 まず、所得税法および法人税法は、当該税務署職員に、所得税に関する調査について必要があるとき、特定の納税者に対し質問し、一定の帳簿類を検査する権限を与えています。この質問検査権には実力行使の手段が許されていませんので、いわゆる任意調査であると言えますが、他方、この規定による当該職員の質問に対し答弁せず、もしくは偽りの答弁をし、または検査を拒み、妨げ若しくは忌避すれば、一年以下の懲役または二〇万円以下の罰金に処せられるという罰則規定がありますので、納税者は、それによって調査に応ずることを事実上強制されているという意味で、間接強制調査だとも言われています。
 税務署は、この質問検査権とは別に、常に国税の適正な課税をはかる必要があるという名目のもとに、納税者の所得に関しいろいろな調査をしています。これらの調査に対しては、いわゆる質問検査権のように罰則がありませんので、納税者が協力する必要がないと判断する以上、一切応ずる必要がありません。むしろ、このような概括的な調査に応ずれば、業者の収益実態あるいは営業成績の資料として使われる危険があるので注意する必要があるでしょう。
 次に、質問検査権の許される範囲を列挙してみましょう。これは、質問検査権を受ける納税者にとっては、税務職員のどんな質問検査にも応じなければならないのか、あるいは応じなくても罰せられないですむのはどういう場合なのか、を判断する重要な基準となります。
 質問検査権を行使し得る者は、国税庁、国税局または税務署の職員に限られます。身分証明書などで、その身分が確かめられなければ、質問検査権に応ずる必要がありません。行政者の身分を確かめるということは、行政者に適法な調査権の行使を自覚させる意味と、後々の紛争においてその責任の所在を明らかにしておく意味で必要であるといえます。
 税務職員が質問検査できるのは「所得税に関する調査について必要があるとき」です。申告納税制度のもとでは、納付すべき税額は納税者の申告によって確立されるのが原則ですから、税務署は納税者の申告額が適正でないという疑いがある場合にはじめて、適正な課税処分を行なうための資料を求める調査ができるのです。従って税務職員は、なぜ調査にきたのか、具体的かつ合理的な理由を明示する必要があります。「調査をしたいので」と告げられただけでは、その理由が明らかになったとはいえません。
 調査の目的が法の予定する租税債務確定のためであるかどうかも確認する必要があります。中野民商事件でも明らかなように、税務署は調査の名をかりて、中野民商の結社権を侵害しました。租税債務確定以外の目的、動機で行なわれる調査は違法です。なぜ自分が調査の対象として選ばれたのか、何を調査するのか、納得がいくまで確かめましょう。
 質問検査権の行使は、中野民商裁判の判決も指摘しているように、「私生活の平穏を著しく害するような」方法では許されません。従って本問の場合のように、何ら事前の通知もなく突然調査にこられて、しかも店の一番忙しい時とあっては、被調査者にとって甚しく迷惑であるといわねばなりませんから、その理由をはっきり告げて調査の延期を申し出ることもやむを得ないでしょう。調査の延期の申入れ自体は調査拒否にはあたりません。
 調査できる範囲は、被調査者の「事業に関する帳簿書類その他の物件」です。事業に関係のない帳簿書類や私物はもちろん調査できません。しかし、事業に関する帳簿といえども、その一切がっさいを見せろと強要することはできません。できる限り、調査の各段階に応じて、その範囲も特定されるべきでしょう。また、この調査権には税務署が帳簿書類等を持ち帰る権限までは含まれていませんから、税務職員がこれらの書類を持ち帰り調査する必要がある時でも、被調査者の同意がなければなりません。税務職員が帳簿書類等を持ち帰ることに同意する場合は、預り証をもらいましょう。また金庫や机の引き出し等についても、無理に強制的に開けさせることはできません。
 以上いろんな角度から質問検査権の限界をみてきましたが、具体的な場においては、なかなか適切な判断をすることは難しいでしょう。民主商工会は納税者の自主申告権を守り、不当な税務調査を許さないために、経験をつんだ事務局員と日常の学習で相互に高め合っている会員が援助し合い、被調査者の調査に立ち会っています。税務署は調査に第三者が立ち会うことを認めようとはしませんが、被調査者が第三者の立会いに同意する以上それを認めないわけにはいきません。納税者の生活権を不当な調査から守るために、皆が税務職員のやり方を監視する必要があるでしょう。

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生活保護法による医療扶助を受けるには/ 生活困窮のために教育扶助を受けるには/ 不当に生活保護が打ち切られたらどうしたらよいか/ 修正申告に応じたが、どうしても納得できない場合/ 不当な推計課税を受けたときにはどのような方法で対抗したらよいか/ 不当な税務調査に納税者が対抗するには/ 税務職員による違法調査の責任を追及するには/

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