賃貸借契約の利益比較の原則

賃貸借契約を結んだ当時には、少なくとも賃貸人に自己使用の必要はなかったと前提してさしつかえません。仮に賃貸人も住宅に困っていながら、取益のために賃貸したのだとしても、その賃貸家屋に関するかぎり、賃貸人の自己使用の必要度はゼロだとみなければなりません。その場合、賃貸人の経済生活がその後安定し、賃貸収益をもう必要としなくなったとしても、それだけで解約の理由が生じたとみることができないのはうたがいありません。つまり、自己使用の必要というのは、まず第一に、賃貸借契約成立後の賃貸人側の生活関係の変化によってうまれる、という点で、一見したところ、事実的概念のようにみえますが、しかし第二に、そういう事実と賃借人側の生活関係との比較によって、はじめて客観的な法的承認をうけられろ、という点では、やはり事実概念ではなくて法律概念であり、したがって、その在否をめぐる争いは、事実問題ではなくて法律問題なのです。いいかえれば、自己使用というのは、当事者の一方または双方の生活関係の変化が、客観的法秩序によって承認されたときに、はじめて認定されるわけです。そうだとすれば、利益比較の原則にいう比較とは、ただ二つの物を天秤にかけてどっちが重いか測定するだけの単純な作業ではなく、むしろ、そういう重量がうまれた原因ないし過程のほうが、重視される理由もあるわけです。例えば、賃貸人も自分の住居が借家で、いま厳し追いたてられているとしても、その追いたてられる原因が賃貸人自身の賃料不払や背信行為にあるときには、すぐ自己使用の必要がでたといって、自分の所有家屋の借家人に解約を申入れることがみとめられるかどうかは疑問です。これから考察する具体的問題は、事実の認定も法律の評価も、動的ないし立体的におこなわれていることを注意しなければなりません。

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賃貸人自身の住居の必要は自己使用のもつとも基本的な形態です。この場合には、賃借人の必要度を基準にして、次ぎのように分けて考察することができます。
賃貸人の必要度Aの場合。昭和三○年五月二四目の最高裁判例は、戦災で住居を失い、その後得た住居も区画整理などの公共的理由で次々と追われ、かろうじて他家に同居している親子三人の賃貸人が、その借家を追われると、たちまち住居に困窮するうえ、その借家に特別の愛着をもつ賃借人に対してなした解約の申入について、一部明渡しの判決をしています。この判決は、賃貸人の必要度も賃借人の必要度も平等とみたようです。次に、昭和三二年三月二八日の最高裁判例は、自分の住居が借家であり、そうしてその借家を強引に家主から追いたてられている賃貸人が、まず自分の賃借人との間で一部明渡の合意を成立させ、さらに引き続いて残存部分の明渡を求めているのに対して、無職で親子三人の困窮した借家人に明渡をみとめることは原則としでできないが、賃貸人の方で別に賃借人の生活に間に合うだけの離れ家の賃貸を申出ている事実があるので、例外的に明渡しをみとめたこの判決では、賃貸人の必要度をABと判断し、賃借人の必要度をAとみたようです。また、昭和三三年六月二六日の最高裁判例は、戦争未亡人で四名の幼児をかかえ、疎開先から帰京して長男宅に同居し、収入も乏しく独立生活力のない賃貸人が、本人は臨時雇、妻は飲食店、などをしてようやく生計をたてている賃借人に、解約申込をした事案について、一部明渡の判決をしています。この判決では、賃貸人と賃借人の必要度は平等とみることができそうです。なお、賃借人の必要度Bという場合の最高裁判例は見あたりません。
賃貸人の必要度Bの場合。貸借人の必要度もBなら、従来の傾向としては、解約の申込が認められています。例えば昭和二六年九月一四日の最高裁判例は、疎開先の借家から立退きをせまられた賃貸人が、とりあえず合意によって自分の賃借人に建物の一部を明渡させ、さらに残部について解約の申入をなした事案で、その中の一部の明渡をみとめています。また同年一二月二一日の最高裁判例は、自分は銀行監査役として同銀行の寮に単独で居住し、妻子を借家に居住させている賃貸人が、定年まぢかなので自分では食料品店をやり、長男には医院を開かせるために帰郷する目的で、写真のスタジオまで設了している借家の賃借人に解約を申入れた事案について、その正当事由をみとめています。こういう判例の傾向は、住宅の場合だけでなく、店舗にも表れています。例えば昭和二九年七月一三日の最高裁判例は、生計は必ずしも困窮していませんが、借家の敷地を利用して浴場を経営したいという賃貸人が、美容院を会社組織になおし、本店をおき、営業所はその借家のほか数カ所あって相当の業績をあげているという賃借人に解約の申入をした事案で、正当の事由をみとめています。
それでは、賃借人の必要度がAのときにはどうでしょうか。賃貸人もAのときには、一部明渡、同居ということになりますが、賃貸人がBで賃借人がAという場合は、かなり難しい問題があります。もし、利益比較の原則を単純に適用すれば、賃貸人は解約の申入をなしえないはずなのです。事実、昭和二九年一月二二日の最高裁判例は、家族数からみてその借家を必要とするのは無理もないと思われる賃貸人が、大学教授に就任して来客その他のためかなり広い住居を必要とする借家人に解約を申入れた事案について、正当の事由を認めませんでした。この事案では、賃貸人の必要度はB、賃借人のそれはAB、と考えられるようです。そうして、この判決では、はっさきり借家法第一条の二にいわゆる正当の事由とは、賃貸借当事者双方の利害関係その他諸般の事情を考慮し、社会通念に照し妥当と認むべき理由をいうのであって所論のように賃貸人が自ら使用することを必要とするとの一事をもって、直ちに正当の事由に核当するものと解することのできないことは、すでに当裁判所判例のしめすところであるへといいきっていました。ところが、昭和三一年一二月二一日の最高裁判例になって、この原則が崩れかけてきました。それは、かなり資力のある賃貸人が、自分の居住している借家を債務不履行にもとづく明渡訴訟にまけて追い立てられたため、妻子四名をかかえ三○年もそこで表具師をしている自分所有住居の賃借人に解約を申入れた事案で、正当事由の存在を認めてしまったからです。この場合には、賃貸人BC、賃借人ABとみられます。さらに、昭和三六年二月七日になると、最高裁判所は、必要度Bの賃貸人がAの賃借人になした解約申入の効力を正面からみとめるに至りました。この昭和三六年の判決は、大法廷のものではありませんが、賃借人の必要度がAの場合には、ほとんど解約をみとめないという確定した判例に反する点で注意をひくものがあります。

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