賃貸人の自己使用と明渡請求

期間の定めがない賃貸借では、賃貸人および賃借人は、いつでも、どちらからでも、自由に解約の申し入れができるというのが、民法典の原則です。この解約自由の原則は、いうまでもなく、契約自由の原則に含まれます。市民法原理のひとつの典型的な現象形態にほかなりません。したがって、こういう解約自由の原則は、契約事由の原則が妥当しない、つまり、市民法原理の限界を超え、生活関係に対して、もうそのままに適用しえないのは当然です。こうして、建物、宅地および農地の賃貸借については、解約事由の原則を制限する特別法が存在しています。まず、建物については、借家法一条ノ二が、建物の賃貸人は自ら使用することを必要とする場合、其の他正当の事由ある場合に非ざれば、賃貸借の更新を拒み又は解約の申入を為すことを得ずと規定して、解約制限の原則を認めています。次に、宅地については、借地法二条以下に借地権の存続期間が法定されているうえに、その存続期間も、土地所有者が自ら土地を使用することを必要とする場合、其の他正当の事由ある場合でなければ、更新が認められます。さらに、農地については、農地法二○条二項三号が、賃借人の生計、賃貸人の経営能力等を考慮し、賃貸人がその農地又は採草放牧地を耕作又は養畜の事業に供するこを相当とする場合でなければ、解約できないと規定しています。この、三つの解約制限の規定は、賃貸人の自己使用をいわば解除条件として定立されているわけです。いいかえれば、自己使用という概念は、解約自由という市民法原理と、解約制限という社会法原理との、ちようど分かれ道にあると考えられます。したがって、自己使用という概念をゆるく解釈すれば、所有権尊重の一八世紀的な市民法原理に戻ってしまうだろうし、反対に、それを厳しく解釈すれば、利用権の強化という二〇世紀的な社会法原理に傾いてゆくことになります。このような意味で、自己使用の概念をめぐる解釈論争は、本質的に、政治的ないしイデオロギー的性格をまぬがれえないといえます。

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賃貸人に自己使用の必要があるという場合にも、その必要の強弱度はケースによって違うわけです。例えば、その借家の返還が、A.賃貸人の死活にかかる場合、B.比較的切実な必要性があるという場合、および、C.ただ望ましいというだけの場合、の三つに分けることができきます。また、他面では、賃借人のほうにも、同じように賃貸借関係の継続を必要とするABC三つの設階がありうるわけです。
借家法一条ノ二は、ただ賃貸人は自を使用することを必要とする場合と規定しているだけで、自己使用の強弱度および賃借人の必要度との相対的関係についての規定がありません。そこで、昭和一六年に同条が追加立法された当時には、賃貸人の必要度がC.の場合にも、自己使用の必要があると認定される傾向が一般的でした。しかし、戦後は、貸貸人の利益と賃借人の利益とを比較衡量する利益比較の原則が形成されるに至りました。ところが、近年ではまた昭和一六年当時に戻ろうとする傾向が判例に現れはじめてきたようです。
第一期終戦直前まで、借家法一条ノ二が追加された昭和一六年から大平洋戦争終結までの間、大審院判例は利益比較の原用を認めませんでしたが、下級審判例と学説は、この原則をみとめる方向に傾いていました。借家法一条ノ二を最初に問題とした昭和一八年二月一二日の大審院判決は、建物の賃貸人が自ら使用する必要ありて解約の申入れ為す場合に於て借家法一条ノ二に所請正当事由ありと為すには必ずしも賃貸人の利益が賃借人の利益より大なることを要するものに非ず、と判示しています。もっとも、すでに、この当時、下級審判例はこの大審院判例と異なり、ほとんど利益比較の原則を認めるにいたっていたのが注目されます。
この大審院判例に対して、学説の多くは反対しました。まず、自己使用の必要が、転任などのやむをえない事由によって生じた場合と、単なる交通上の便宜をはかるなどによる場合とにわけ、前者の場合には賃借人の利益のはうが大きくても、賃貸人は解約の申込をすることができるが、後者の場合にはできない、と主張され、さらに、借家を買いうけた新賃貸人は、家屋譲受後新しく生じた事由によってのみ解約の申入ができる、と主張されました。また、自己使用の必要は客観的に判定されるべきだという前提から、両当事者の利益を比較した場合に、賃貸人が解約によってうける利益がほとんどないのに、賃借人の損害が著しく大きいときには、他の事情も考えて、正当の事由なしと判断されなければならない、と主張され、さちに、新賃貸人の場合には、はじめから他人をおいたてる目的があるため、法の保護に値しないと強調されました。もっとも、この主張も、利益比較の原則は強調されますが、なんとなく賃貸人の権利乱用をおさえるのだという、所有権尊重時代の法思想をまだいくらか残していたとみることができます。

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