印鑑の役割

 なぜ日本ではこれほどまでに文書への押印が要求されるのでしょうか。また押印することにどれほどの意味があるのでしょうか。この問題を考えるにあたって、まず、どのような文書に、どのような押印が要求され、実践されているのかをみてみましょう。要求される押印との関係で、文書はつぎのように分類することができそうです。
 法規上必ず実印による押印が要求される文書。不動産の売り主が、買い主への所有権移転登記を申請する場合の申請書とか、会社の商業登記についての登 記申請書などがこれにあたり、これらの場合には、実印(代表者印)を押さなければなりません。
 取扱い実務上、必ず特定の登録印による押印が要求される文書。手形、小切手取引契約にもとづいて決済される手形、小切手や、銀行預金払戻請求書が、これにあたります。これらの場合には、あらかじめ取引きに使用するものとして届け出てある印鑑を押さなければ、実務上取扱いを拒否されることになっています。
 法規上厳格に押印が要求されるが実印でなくともたりる文書。これには、遺言書、戸籍上の届出書などがあります。これらについては、押印のあることが、文書成立の要件になっています。たとえば、押印のない婚姻届では受理してもらえませんし、遺言書に押印していなければ、遺言書自体が成立していないことになってしまうのです。しかし、実印などの特定の印鑑が要求されるわけではありませんから、認印を押せばよいのです。
 法規上あるいは実務上必ず押印が要求されるが、それほど厳格ではない文書。官公庁に対する申請書や届出書には、ほとんどの場合、法律上押印が要求されています。その中には、前述の婚姻届などと異なり、必ずしも、厳格な意味での押印が要求されているとはいえない文書もあります。すなわち、認印で押印すればたりることはもちろん、認印を所持していない場合には、指印で済まされているものです。不動産登記簿や商業登記簿の謄本交付申請書などがこれにあたります。これは、厳密には不用意な実務処理だといえるのかもしれませんが、このような申請書などは、婚姻届などと比較して、押印が要求される度合いが低いことも事実でしょう。
 押印を欠いても法律上の効果に変わりはないが、実務上ほとんど常に押印がされる文書。契約書など、私人間の文書の大半がこれにあ たります。特別の形式が定められていない私人間の契約書、申込書、領収書などでは押印がされていなくとも、文書そのものが不成立だとされることはありませんし、記載内容どおりの事実を認めることもさしつかえありません。ただ実際には、押印しないままで済まされることはほとんどなく、すでに社会的慣行として、作成者名のもとに押印して、印影を写し出すことが、文書の形式として要求されるようになっているといってもよいでしょう。
 作成者の名前も記載せず押印だけで済ませられている文書。小包や書留などの受領印、文書を訂正したときに押す訂正印などは、該当欄に押印し、あるいは訂正内容を示して押印するのみで、氏名を記すことがありません。受領欄も訂正の表示も、「受領しました」「訂正しました」という内容の独立した文書には違いありません。そこでは印影が作成者名の表示をも兼ねてしまっているのです。

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 いままで、押印の要求される程度が、文書によって異なってくることをみてきましたが、このことは、実は文書の性質の違いに基因しているのです。そこでこんどは文書の性質という観点から、押印の意義を考えてみましょう。
 権利を創設する文書、書面行為をする場合の文書。権利を創設する文書というのは、手形、小切手や遺言書などのように、その文書が作成されることによって、初めて、そこに記載された内容の権利義務が発生するという効力をもった文書です。
 また書面行為というのは、権利行使の意思表示をしたり、通知、届出をしたりする場合に、その旨の書面を作成し、書面を通じて行為することをいいますが、官公庁への各種の届出や申請は、ほとんどの場合、書面を作成しなけれぱならないことと、法規上定められています。このような、権利を創設する文書や書面行為が要求される場合の文書には、必ず押印することが要求されます。使用する印鑑としては、実印が要求されるもの、銀行印が要求されるもの、認印でたりるものとさまざまですが、いずれの場合も押印がなされていなければ、文書としての形式か不備だとされ、所期の効果を生じません。つまり、この場合、押印があることは、文書成立要件のひとつになっているのです。
 証拠書類としての文書。これは後日になって争いを生じた場合に備えて、あるいは争いが生じないように、事実関係を文書に表わして、証拠として残しておくことを目的に作成される文書です。私人間で取り交わされる契約書、領収書、念書など、大半の文書はこれにあたります。事実関係自体は、文書を作成するか否か、その文書に押印するかどうかにかかわりなく有効に成立します。借用書も取らずにお金を貸す場合などがその好例です。
 そして作成された文書は、その事実関係を証明するだけですから、押印がされていなくとも、それなりに証明力をもちえます。ただ、一般的慣行として、文書を作成した後、その内容をよく確認したうえでハンを押すという手順がとられますから、押印してある文書の方が、はるかに強い証明力をもちます。ほとんどの文書に押印することが通例となっている現在では、押印してない文書は、記載内容に事実と反する点があって「没」にされたものではないかと疑われるほどです。
 さらに、配達小包の受領印などのように、受領欄への押印だけで処理されている場合については、かんじんの押印がないのでは、そもそも配達していないのだろうと思われてしまいます。こうなると、証拠書類としての文書にも、文書自体の成立要件として押印が要求される場合と、ほとんど同じ程度に、押印が求められて いるといっても過言ではありません。しかし、その押印の意義は、あくまで文書の証明力を高めるという点にあります。

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