社会保障の必要性

 現在、人は、法律に違反したり公の秩序(公序)に反しないかぎり、自己と家族の生活をその責任において自由に営むことができます。しかし、この生活自己責任の原則を責いて、生活の過程で人がこうむる病気、災害、失業などのさまざまの事故を、自らの力と責任だけで克服することは難しい。現代社会で、たいていの人は、病気、災害、失業などによって生じる経済的コストをすべて自ら独力で負担できるほどの資力を持っていないからです。ここに社会保障法によって生活自己責任原則を修正する必要性が存在するのであり、国家による個々の国民の生活に対する積極的な配慮が要請される理由があります。

スポンサーリンク

 社会保障とは、一言でいうと、国民の「人たるに値する生活」の確保を目的として、一定の所得ないし医療、生活に係わる福祉サービス等を公的に提供する制度をいいます。このような制度は、とくに第二次大戦末期から戦後にかけて急速に世界の国々に普及しました。その直接のきっかけとなったのは、1930年代の大恐慌がもたらした大規模な失業と深刻な生活の危機であり、さらに第二次大戦による国民生活の極度の疲弊と国土の荒廃でした。世界の各国は、このような深刻な生活の危機に直面して、国民的規模での生活保障制度を国の責任において確立することで対処しようとしたのです。
 災害、疾病などの災厄により労働者にもたらされる窮状から労働者を保護するため「保険」の仕組みを利用した新しい制度として実施されたのが、社会保険です。社会保険は、危険の分散という保険の原理と労働者の救済という扶養の原理を給合させた形で、ドイツでは1880年代に(ビスマルクの三部作といわれる、疾病保険、労災保険、老齢・廃疾保険)、イギリスでは1910年代に(1911年の国民保険法(健康保険法と失業保険法))成立しました。いずれも一定範囲の労働者(被用者)に加入を義務づける強制保険である点は共通しています。
 ドイツの社会保険が、保険給付と保険料の両方とも原則として賃金に比例する方式をとった(所得比例方式)のに対して、イギリスの社会保険は、保険給付と保険料につきフラット・システム(均一給付・均一拠出)の方式をとった点に重要な相違がありました。社会保険の方法は、その後、多くの国で採用され、適用対象者、保護対象(保険事故)の両方につき範囲を拡大するとともに、給付内容を充実させるという形で発展してくることになります。
 「社会保障]とは、通常、国民的規模での包括的な生活保障制度をいいます。この意昧での社会保障の名に値するのは、1942年に出されたイギリスのベヴァリッジ報告とそれに基づいて制定された社会保障立法です。ベヴァリッジ報告は、これまで存在した社会保険およびその開運諸制度の抜本的な改革により、国が国民生活の最低水準を統一的・包括的に保障することを提唱し、後のイギリスの社会保障制度の基礎を形づくったばかりではなく、各国の社会保障制度に対しても重要な影響を与えた。とくにベヴァリッジが、個人の生活を危険ないし不能ならしめる生活上の事故を包括的に取り上げることによって、貧困化のきっかけとなる原因を網羅的にカバーしようとしたことは、これまでの救貧法および社会保険の断片的な救済(保障)と比較して画期的なことでした。この提案を基礎にして、イギリスでは、一連の社会保障立法が制定されています(1945年の家族手当法、1946年の国民保険法、国民保健サービス法、1948年の国民扶助法等)。そして、第二次大戦後には、「揺り篭から墓場まで」といったモットーに示されるような社会保障制度の整備・形成が発展途上国を含めて各国に共通する社会政策の目標となっていくのです。
 第二次大戦中頃からのILO(国際労働機関)の社会保障に対する積極的な取り組みも、社会保障制度の戦後の発展・普及に大きな役割をはたした。 1942年にILO事務局が出版した「社会保障への途」という小冊子は、社会保険と公的扶助の統合ないし融合としての社会保障を示唆したものとして有名です。
 また、1948年に国連の第3回総会が採択した「世界人権宣言」には、人間の尊厳と基本的人権の尊重・確保が世界における自由と正義と平和の維持に不可欠の要素であるとの観点から、種々の市民的権利とともに、社会保障の権利が、「人間の尊厳に値する生存」を維持するために欠くことのできない権利として、明記されています(22条・25条)。
 わが国の憲法も、25条において「すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」(1項)「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」(2項)として、国民の「生存権」の保障と社会保障・社会福祉・公衆衛生に問する国の向上・増進の義務を確認しています。この規定のなかにも、人間の尊厳の理念に立脚して社会保障の権利を実現していこうとする世界的な流れが明確に表現されています。この規定の趣旨を受けて、社会保障・社会福祉・公衆衛生の各分野で数多くの法律が制定されています。
 このように社会保障制度は、国民の最低生活ないし基本的な生活条件を保障することを目的とするものであるが、最低生活ないし基本的な生活条件をどのように設定し、それをどのような手段・方法により実現するか、制度の管理・運営をどのように行うか、さらにその財源をどのように調達するか等の問題については、後でみるように国際的に一致した原則があるわけではなく、結局は各国の立法政策に委ねられる部分が大きい。そのために、社会保障制度といっても、その国の歴史的、社会的、経済的、文化的諸条件の違いに応じて、それぞれの国でかなり多楡吐をもった制度として形成されてくる。その意味で社会保障はドメスティックな国内政策としての性格を強く持つことになります。

家計と暮らし
社会保障の必要性/ 社会保障の国際的基準/ 外国人に対する平等待遇の保障/ 社会保障法の概念と体系/ 要保障事故別の体系論/ 社会保障法の体系についての考え方/ 社会保障の主要な制度部門/ 社会保障制度の今後の課題/ 医療保障制度の特徴/ 健康保険法/ 健康保険の保険者/ 保険料の費用/ 国民健康保険法/ 国民健康保険の費用負担/ 退職者医療制度/ 高齢化の進展と年金保障制度/ 年金制度の発足と国民皆年金体制/ 基礎年金制度の創設/ 国民年金/ 老齢基礎年金/ 障害基礎年金/ 遺族基礎年金/ 基礎年金の財源/ 厚生年金保険の目的と仕組み/ 年金給付/ 老齢厚生年金/ 障害厚生年金・障害手当金/ 遺族厚生年金/ 厚生年金の分割制度の導入/ 厚生年金の財源/ 任意加入の年金制度・企業年金/ 確定給付企業年金/ 介護保険法成立とその後/ 保険者・被保険者/ 要介護認定・要支援認定/ 保険給付/ 高額介護サービス費・予防給付/ 介護サービスの供給システムと供給主体/ 介護サービス契約/ 介護保険費用の負担/ 労災補償の意義/ 労働保険の意義/ 労働保険料/ 労災保険の適用事業と労働者/ 労災の業務上・外の認定/ 業務上の疾病/ 労働関連疾病と過労死/ 通勤災害/ 労災保険の給付/ 療養補償給付・休業補償給付/ 障害補償給付・介護保障給付/ 遺族補償給付/ 社会復帰促進等事業と特別支給金/ 労災民事訴訟と労災保険・社会保険給付/ 第三者災害/ 失業と失業保険・雇用保険/ 保険関係の当事者/ 保険事故としての失業/ 失業等給付の体系/ 高年齢継続被保険者・短期雇用特例被保険者の求職者給付/ 雇用継続給付/ 給付制限および不正受給/ 雇用安定事業と能力開発事業/ 社会手当の意義/ 児童扶養控除と児童手当/ 児童扶養手当/ 社会保障法における社会福祉/ 社会福祉法措置制度と問題点/ 社会福祉サービスの実施のための組織/ 社会福祉事業/ 児童福祉法/ 保育所/ 要保護児童に対する措置および虐待防止/ 障害者に対する福祉の諸法律/ 障害者自立支援法の成立/ 身体障害者福祉法・知的障害者福祉法/ 精神保健福祉法/ 高齢者福祉/ 社会福祉における費用負担/ 公的扶助の意義/ 生活保護法の基本原理/ 最低生活保障の原理/ 生活保護の行政組織/ 生活保護の実施と原則/ 生活保護の実施/ 被保護者の権利義務/ 社会保障法の共通事項/ 既得給付の不利益変更の禁止/ 未支給の給付/ 権利救済/ 救済手続(争訴手続)/ 行政訴訟/ 社会保障法と憲法/ 社会保障法と憲法14条/ 条約と社会保障/

        copyrght(c).家計と暮らし.all rights reserved

スポンサーリンク

プライバシーポリシー